オリオンビールの歴史

オリオンビールの歴史をご紹介しましょう。

さて、オリオンビールはアメリカ統治時代の1957年に誕生しました。
統治下の沖縄では復興支援の目的により第二次産業(製造業)を発展しなければならないという目標により、
現在の名護市である名護町に沖縄ビール株式会社が設立されました。

オリオンビールの名前の由来は、沖縄県民に懸賞金付募集広告を
実施したことにより決まったという経緯があります。
広告は主に新聞で公募を行い約2,500通もの応募の中から
「オリオンビール」という名前が決まりました。

その後、社名も沖縄ビール株式会社からオリオンビールに社名も変更しました。


生産開始当初、1959年、沖縄県でも日本の大手ビールメーカーによるシェアが大きく、
オリオンビールは苦戦を強いられていました。
また、オリオンビールの味は当初はドイツ系ビールのように重い味のビールで
南国沖縄ではいまいち人気が無かったそうです。

そこで、ビールの味をドイツからアメリカ系のライトな味に切り替えたところ、
県内全域で営業活動を行った結果、沖縄本土で人気が高まり、
大手ビールメーカーを差し置いて、沖縄県一のビールブランドへ成長していくことになります。

また、沖縄でシェア拡大の要因として、
ビールの味を変えたこと以外では、1972年の沖縄の本土復帰にも関係しています。
この本土復帰により期限付きで沖縄県内のみ酒税が減免されるという
税優遇措置がとられたことにより、
沖縄県内でオリオンビールの価格が他の大手ブランドビールよりも
安く買うことができたという時代背景がありました。

現在でも、沖縄のビールは本土の酒税と比べて20%軽減とされています。

その後、オリオンビールは大株主でもあるアサヒビールと提携関係を結ぶことになって、
沖縄特有の税優遇措置が切れることを前提にオリオンビールの生き残り戦略として
提携関係に踏み切ったのです。
そのため、オリオンビールが沖縄消費分のアサヒビール製品を生産したり、
アサヒビールが沖縄県外(奄美諸島を除く)での
オリオンビールの販売といった提携関係が続いています。